ALICE 読み切り版



 ALICEという噂が広まったのはいつごらからだろうか。少なくとも2年ほど前には
そう言うことに興味がない俺でさえ聞いたことがあった。だから発端はそれ以前だろう。もっとも、俺の記憶が本当に「確か」であるとの前提でね。
 実際にALICEがどういう物かと言うとこれは人によってまちまちで、一概に言うことは出来ない。危険な常駐型プログラムという人もあればアダルトな知覚ソフトだと言う人もいるのだ。といってもそれらは全て信憑性には欠ける話で結局は誰も見たことがないというのが真実だろう。唯、「すごいソフト」という注釈はついたままで一人歩きしているのがALICEなのだ。

 十月十日、体育の日
 晴れの特異日と言われるその日はやはり快晴だった。そんなたまの休日を俺は一人で町を歩いていた。いや、一人というべきだろうか。俺の左肩には小さなフランス人形のようなものが座っているのだ。
 「そこの角を右ね。」
 しかもその人形は言葉を話すときている。
 「ぼーっと歩かないでもっと感じようとしてよ。」
 そして五月蠅い。
 「全く、どうしてこんな鈍感な人間にインストールされたのかしら。」
 その上、口まで悪いときていた。
 俺は人形の首筋を掴むとひょいと持ち上げて言った。
 「静かにしろ。大体お前みたいなのがついてくるなんて話聞いてなかったぞ。」
 「あれ? ここに書いてるけどまさか読んでなかったの?」
 彼女はぱっと大きな紙を取り出すとそこに書かれた一文を指さした。それはこの間交わした「契約書」で彼女が指さす部分には確かに「同行者」の項目が明記されていた。
 「分かった。『私じゃない方』がついてくると思ってたんだ。」
 「違うよ。」
 「へー。ああいうのが好みなんだ。」
 そう聞いてはっとした俺は右手の上でくすくすと笑う彼女を睨んだ。
 「お前今、俺の中を覗いたろ。」
 「覗いたも何も元々、同化してるんだから仕方ないでしょ。」
 俺の右手からふっと消えると彼女は再び俺の左肩に現れた。
 「それに言ったでしょ。私も彼女の一部、同じSEPTEMBER ALICEなのよ。確かに形は違うけど気持ちは同じなの。」
 その時の彼女の瞳はいつか見たあの哀しい瞳と同じ物だった。
 哀しみと希望を受けついた9月のアリス。彼女は自分のことをそう言っていた。
 「分かってるよ。さ、続けよう。」
 「うん。」
 俺は神経を張り巡らせると自分の周りを走査していった。可能な限り精密に吟味をして
『漠然とした悪意』を再び探し始める。
 だがそうやって街を練り歩いたところでそう簡単に見つかる物でもない。もうかれこれ5日間も延々とさまよい続けているのに収穫といえる物は何一つ見つかっていなかった。あるとすれば道に詳しくなっていく自分があるだけだろう。「じゃあ、やめればいい」勿論そう思うこともあったが、それでも俺はこの行動を続けていた。なぜならそれがこの絶望的な状況を変えることが出来る唯一の可能性なのだから。
 やがて街の探索を終え、家に戻った俺は何よりも先に自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。筋肉痛の足をもたげ息を吐き出すとやっと救われた気がした。
 「結城、ネット繋いでよ。」
 そう言ってアリスが俺の耳を引っ張る。仕方がないので俺は勝手にやってくれと言わんばかりに左手を差し出した。
 「だめだって。私は物にさわれないんだから。」
 そうだった。アリスは俺の頭の中でのみ知覚される存在なのだ。これだけ自由に行動していても現実には実在しない、だから他人からも見ることは出来ないのだ。俺は半ばうめきながら上体を起こすと机の上に転がっているケーブルを取ってそれを左腕のジャックに接続した。これで問題はないはずだ。アリスはPCを起動すると適当な処理を済ませてまたPCの電源を切った。本人が言うにはネットワーク上の本体と交信をしているそうだが、関知できない俺には興味のない話だった。それよりも当面は足の痛みの方が問題なのだ。
 「なぁ、そこのサロンパス取ってくれ。」
 「だから無理だってば。」
 「役立たず。」
 アリスの表情が堅くなる。
 「感覚を全て消してあげようか?」
 「遠慮します。」
 ぽんと俺の頭を踏み台にすると彼女は机の上に降り立ち、向かい側に置いてあるコンポの方を見つめた。するとすぐにスイッチが入りクラシックの曲がかかった。軽くステップを踏むとアリスはその曲に合わせて踊り始める。まるでオルゴールの人形が踊るようなその姿もすでに日課となりすっかりと慣れてしまっていた。
 やがて心地よく微睡んでいた時間も「夕食よ」という母親の声で終わりを告げた。俺は「分かった」と大声で返事をすると大きな欠伸を一つした。目の前にはアリスが冷たい瞳でこちらを見ていた。
 「行くの?」
 「飯を食うのがそんなに不思議か?」
 「別に。」
 アリスは小さく頷くとまた背中を見せて机の上に向かった。俺は彼女のそんな行動を気にすることもなく部屋を出て母親の待つ下の階へと向かった。やがて誰もいなくなった部屋の真ん中で彼女は呟いた。
 「気付かないのかな、母親なんていないのに。」
 白い天井を見上げ軽く微笑を浮かべると彼女はこうも呟いた。
 「でも、仕方ないか。それを受け入れられるほど人は強くないもの。」
 彼女はくすくすと笑っていた。



 次の日、学校はやはり金曜日だった。ここの所3日連続で金曜日が続いているのだ。こうなると、もういい加減古典の授業にも飽き飽きしている。
 「だったら来なければいいのに。」
 筆箱をイス代わりにしてアリスは黒板を見ている。そこに書かれている内容はやはり昨日の物と同じだった。
 「『定義』しちゃえばいいじゃない。学校なんかに来るより『悪意』を探した方がいいと思うよ。」
 「それは分かってるよ。分かってるけど。」
 「怖い・・か。」
 俺はそう言ったアリスを睨んだ。また心を読まれたからだ。だが、確かに怖いのだ。この歪んでしまった現実は本当なのか。もしかして歪んでいるのは俺の方じゃないのか。その問いだけがいつまで経っても頭から離れようとしなかったのだ。
 「でも問題は・・」
 「そこ、うるさいぞ。」
 アリスとの会話を教員から注意され、逆に頭に来た俺は教師をにらみ返した。するとすぐに教師は黙って何もなかったかのように授業が再開された。別に大したことじゃない。そうなるように定義しただけだ。
 「やっぱいいわ。探しに行こうか。」
 「そう?」
 持ってきた荷物は机の中に置いたままで鞄だけを手に取ると俺達はそそくさと教室を出ていった。勿論クラスの誰もそれに気がついてはいない。彼らの中では俺もまた授業を受けているのだ。彼らが漠然とした悪意に現実を書き換えられるように、俺もまた現実を書き換える力を使えた。定義、というこの力はALICEと契約したときに得られた物だ。
 「さあて、今日は何処へ行こうか。」
 「この数日の結果をまとめてみたの。少しずつだけど限定が出来たわ。」
 アリスが俺の目前に表示させた地図はまるで台風の予想図のようなマーキングがいくつか施してあった。その中の一つがこの近くにある。俺はそこを指さした。
 「近くから行こうか。」
 「了解。」
 地図を消すとアリスは俺の肩に止まった。当てのない捜索が再び始まったのだ。平日の昼前に制服で街を練り歩くのは多少なり抵抗もあったがそれでも学校にいるよりは楽な気持ちになれた。自分の身近にいる人間が歪んだ現実にどっぷりと浸かって騙され続けている、しかもそれに対して彼らは一片の疑いも抱いていないのだ。そんな状況は見ているだけで辛かった。
 人通りの少ない住宅街を歩きながら俺の中はやりきれない思いが積もっていった。
 「どうしたの?」
 「何でもない。」
 報われない。
 心にそんな言葉を浮かべ、俺はこの地区を走査した。山のように感じられる微少な悪意、実体化する悪意。偏在するそれらは全て報われる事のない想いなのだ。そんなものでありふれた世界。俺はそれを否定する。正義とかそういう類のものを振り回そうとは思わない。せめて今踏み出しているこの一歩だけは自分の意志でありたい。そう願っているだけなのだ。
 そう心に置いて俺はもう一度強く走査した。すると不意に何かが聞こえた。
 「アリス、何か聞こえなかったか?」
 「そう?」
 頭の中に響くようなその音は現実の物ではないはずだ。試しにもう一度走査してみたがそれ以上音が聞こえることはなかった。だが大まかな方向は分かる。俺達はその方向に従って進んでいった。やがて少しずつだが胸騒ぎが大きくなっていった。そう、胸騒ぎというよりは違和感というべきその感じは丘の上にある病院の前でもっとも強くなっていた。
 「ここだ。」
 「矢永総合病院、場所的に可能性はあるわね。」
 アリスは地図を広げて確認をするがそんな必要はなかった。見れば分かるのだ。歪んでいるのだから。



 病院の中に入るに当たって多少の論議はあった。
 メンタルバランスを考えて日を改めるべきだと言うアリスと今日中にカタを付けたい俺とでちょっとした意見の分かれがあったのだ。結局、そこは無理に俺が押し切って病院に入ることになった。一般的な総合病院なので侵入するのには問題はない。建物の構造が分からないという問題があったがそれもすぐにアリスが病院の見取り図を表示してくれたので解消できた。
 「何処から行く?」
 「左半分の棟だと思う。」
 「じゃあこう行きましょう。」
 非常階段を通ってつづら折りに矢印が表示された。俺は一つ頷くとそれに沿って移動を始めた。部屋の前を通るだけで走査は出来るのだ。精神をとぎすませると何食わぬ顔で病室の前を通り過ぎていった。一階、二階と階を重ねるごとに違和感は強まってくる。そして三階のある部屋の前で俺は足を止めた。
 「ここだ。」
 「A304号、吉川はるみ。面会謝絶になってるわ。どうする?」
 「入るよ。」
 「じゃあ、今から三〇分だけ誰も来ないように定義して。」
 三〇分という言葉に不審そうな顔をしているとアリスはドアのノブの上に飛び移ってこっちを見た。
 「あなたが帰ってこれない可能性もあるの。」
 「ああ、そうか」と俺は苦笑いをするとアリスの言うとおりに今から三〇分間、誰もこの部屋に入れないように世界を定義をした。それを確認するとアリスはぴょんと俺の肩に飛び移った。大きな深呼吸を一つ。そして俺はドアの取っ手に手をかけた。
 意外なほど部屋の中はすっきりとしていた。広めの個室には花瓶や千羽鶴がかけられ、これといった大きな医療器具もなくあるのは点滴と簡単な計器だけだった。俺達はベッドに近寄ると寝かされている女の顔を覗き込んだ。そこにはまだ年のいかない中学生くらいの少女が何事もないかのように眠っていた。アリスがその少女の額の上に飛び降りる。
 「意識がない。ネットワークに捕らわれてるわ。」
 「ほころびも出来てるし間違いないだろう。」
 俺は少女の上の天井を見上げた。そこからは歪んだ空気が少女に覆い被さっていた。俺は布団の中から少女の左手を取り出すとそこにある情報端末を確認した。
 「本当にやるの?」
 「どのみち選択肢なんてないんだろ。」
 ポケットから専用のケーブルを取り出すと俺はそれを自分と少女の端末に接続をした。怖くないと言えば嘘になるだろう。他人の意識に入り込むのがどれだけ危険なのかは身をもって体験している。過度に接触すると自分と他人が融合し識別できなくなるのだ。それだけは避けなくてはならない。
 「危険だと思ったらすぐに私に委任してね。」
 「わかってる。」
 脇にあるイスに座ると俺はベッドにもたれかかるようにした。目の前にいるアリスに合図をするとリンクが始まった。
 視界が真っ白な世界に吸い込まれていき、やがて上下左右のない白い空間に俺は投げ出された。頭上でアリスの声が響く。するとその白い世界は黒に塗り替えられ無数の星が光るプラネタリウム様な構造へと変化していった。宇宙に浮かんでいるような感じだが、それとは違うのは目の前に大きな球体が浮かんでいることだろう。これが少女の精神の外壁であり、そしてその球体から巨木がうねるようにして出ている無数の線がネットワークへの不正な接続線だ。勿論、実際にこのような形をしているわけではなく、これはアリスが少女の意識体を俺に合わせてイメージしているのがこの世界だ。
 「まずネットワークから切断しましょう。」
 球体から一定の距離を置くようにしてアリスは現れると、それらの分析データを表示していった。まず何処から処理をするのかは矢印と赤い線で表されている。俺は精神を集中するとその順番通りに少女の意識を定義し直していった。数十、数百ある線が一瞬で切れていく。作業は順調だった。ほとんど在るべき姿にまで改善された球体を見て終わったと思った時、急にそれは起こったのだ。
 「なっ!」
 突然、球体から飛び出てきた黒い線に俺の体は貫通された。
 「まずい、反動だわ。内側にまで根を張ってる。」
 アリスが防壁を展開して球体からの攻撃をくい止める。だが相手の勢いが強すぎて押され始めている。崩されるのは時間の問題だった。
 「結城、私に委任しなさい。」
 「ダメだ。この娘を定義し直すんだろ。」
 「何が悪いの?」
 防戦一方のアリスがヒステリックな声を上げた。
 「内面まで作り替えられたらこの娘はどうなる。」
 「そうしないと私たちが取り込まれるわ。」
 アリスの言葉に唇を噛むと俺は飛びかかってくる線を力一杯なぎ払った。そこに一瞬だが隙が出来る。その隙間に滑り込むと少女の意識体に俺は思いっきり左腕を突っ込んだ。
 何故そんなことをしたのか? 声が聞こえたのだ。黒い線を伝って聞こえるその声は確かに誰かを呼んでいた。意識が正常ならば自発的に回復できるかも知れない、俺はその可能性に掛けてみたのだ。
 融合していく意識の中、加速する時間の中で、俺は少女を『体験』する。
 そう、吸い込まれた少女の世界、それは教室だった。おそらくそれは彼女の通う学校の教室だろう。その誰もいなくてあまりにも冷たい空間に俺は一人立っていた。やがて俺はその冷たさの正体を理解した。ここでは時間が止まっているのだ。音も無く、声も出せないその空間では全てが止まってしまっていた。
 これが、吉川はるみ、の精神世界。
 そしてその教室の一番後ろの角にある席では蜃気楼のような彼女の姿が映し出されていた。座って俯いたまま全てを拒絶するような姿。俺は彼女に話しかけてみようと近づいてみた。だが、少女からの反応はなくその代わりにいくつかの映像が俺の周りに現れた。

 正面の映像を見る。
 それは少女のクラスメイトが見舞いに来た時の物だろう。
 花束を受け取り笑顔で答える彼女がそこにあった。

 右側の映像は両親の姿がだった。彼女を励ましてくれている。
 だが、陰で泣いている母の姿が映っていた。

 左側の映像は少女が治療されている映像だ。
 増えていく投薬、立てられなくなる体、食べ物が通らない
 彼女の視線は千羽鶴へと向けられていた。

 『どうして私だけ』
 背面黒板に大きな文字が書き殴られた。
 『誰も気にしてない』
 『平然と生きてる』
 『それが当たり前のように』

 少女は頭を上げると涙目で訴えた。
 (時間なんて止まってしまえばいいのに!)
 「違うよ。」
 音のない教室に声が響き渡った。
 「それは君の意志じゃないはずだ。こんな作り物の世界に惑わされない君の言葉があるだろう。」
 俺は軽く笑うと少女の前席に座った。彼女は気付いていないだろうが、もう言葉は出かかっているのだ。そして悪意と結びついたその言葉を彼女は出ない声に乗せた。
 「死にたくないよ。」
 涙混じりの少女の声が発せられると同時に教室には大きなヒビが入った。世界の消滅がはじまったのだ。俺は消滅に巻き込まれないように注意しながらその世界を後にした。融合している自分と少女とを定義し在るべき形に復元する。そして俺達はなんとか自分の姿を取り戻した。
 外側で激しい攻防を繰り返してきたアリスだが二人の復元と同時にそれも全てが停止していた。
 「自浄作用で悪意を消したのね。」
 収束するネットワークを見てアリスがそう呟いた。
 そしてその直下で俺は不機嫌そうな顔をした。
 「死にたくない、か。」
 そう言う少女にどんな言葉がかけてやれただろうか。いや、何も言えない。出来ることといえば心を通わして、苦しみを共有することだけ。そんなことで癒される筈がない。だがそれ以外に何がしてやれるのだろう。
 あの時、少女は最後に少しだけ笑顔を作ってくれた。フェードアウトする世界の中でそれが少しだけ俺の救いになった。



 あれから三〇分、病院のロビーで眠っていた俺はゆっくりと目を覚ました。
 「気がついた。」
 膝の上でアリスがほっとしたようにこっちを見ていた。どうやらしばらく意識が無かったようでここまで移動したのもアリスが運んでくれていたようだ。
 「迷惑を掛けたみたいだ。」
 「本当。自分が何をしたか分かっているの?」
 「放っておけなかったんだ。」
 そう言うと彼女は呆れたようにため息をついた。
 「あなたをスキャンしたけど98%は正常よ。」
 「2%ほどは融合したってことか。」
 そうなることは覚悟していたが実際に直面してみると結構つらいものだった。
 「ばか。残り2%は私よ。」
 アリスは軽く微笑するとすで定位置となった俺の左肩へと飛び乗った。
 「彼女、意識が戻ったわよ。会っていく?」
 「その必要はないよ。」
 その場を立つと俺達は病院を出た。青空の下、立ちこめていた歪んだ空気もすっかりと晴れ、曜日の感覚も戻ってきている。やるべき事はやったのだ。それなのに、どうしてが胸の苦しみはとれなかった。
 「声だったのよ。」
 「え?」
 「彼女が引き起こしたことみんながね。」
 そう聞いて俺は少し納得した。
 「ねぇ、あの時に何を言ったの?」
 アリスの不意な質問に俺は言葉を詰まらせた。あまり格好のいい台詞じゃないので隠しておきたかったのだ。
 「最後は笑っていたいってね。」
 苦笑いしながら呟くと、アリスは俺の横顔を見て「ふうん」と意外にもシンプルな返事をした。
 この人は自分の形を知っているんだ。だから相手の心に流されずに自分の気持ちを伝えられたんだ。そう考えるとアリスはどうして自分がこの人を選んだのか分かったような気がした。そういうところに惹かれたんだと。
 「あ・・」
 必死に笑いを抑えている俺を見るとアリスははっとした表情を見せた。そして俺の耳を力一杯引っ張ると「最低!」とその怒りをあらわにする。その後、取りなすように彼女に想いを伝えてみたがあまり機嫌を直す様子は見られなかった。
 彼女は傾いた太陽を見て考えていたのだ。
 ALICEに選ばれた者の行く末。
 それは絶望的とも言える苦痛とほぼ確実な死だ。着実に力を付けていくこの人は確実にALICEを発動させることになるだろう。その時に、自分さえも敵となるこの世界を相手に彼を死の淵に立たせるのは誰でもないアリスなのだ。傷つけたくない。でも選んでしまった。
 彼という希望を。
 アリスはその人の横顔に体を沿わせると、ほんの少しだけでもこの心地よい時間が続くことを願っていた。

END